MEMOSHIN

カルメラのピアニスト、パクシンによる日々の出来事をパクシン目線で見たブログ

アルバムリリース!〜ワインと曲は一度寝かせると味が増す〜

新潟向かってます。寒がりパクシンです。
 
って書いてる時は新潟向かってたんですけど、日にちがたって今は家です。
 

 

って言ってたのに…結局更新が今になってしまった…

 
ってことで改めて!
 
 
12月7日水曜日。カルメラの活動10周年を記念したニューアルバム「THE PARTY!」がリリースされました!
 
 
これもひとえにメンバー、チームの皆や力を貸して下さる方々、そして応援してくれる皆さんのお力のお陰です。ありがとうございます!
 
今作で8枚目。何度経験してもリリースされた時の感動とワクワクは衰えないもんで、今回も無事にリリースできた安心感と感謝でいっぱいです。
 
 
その上で、ブログではSNSとは違うちょっと突っ込んだ事を書けたらな〜と。
 
 
今作で僕は"何かを創り出すには相当なパワーがいる"という事を改めて痛感しました。
 
 
まず始めに、創り出す作品は"自分の好きなものや得意なものだけを一方的に詰め込んだ独りよがりなもの"じゃなく”自分の好きなものや良いと思えるものを他人にも楽しんで貰えるようなもの”そんなものを作らなければならないと普段から考えてます。
 
難しく言ったけど、要は「聴いてくれる人に楽しんでもらえる」ものをじゃなかったらあかんやんってことですねん。
 
そんな中でも「自分のもつ自分らしさ」や「自分たちの持つ自分たちらしさ」「伝わりにくくても伝えたいこと」「芯に持ち続けていたいこと」が沢山あります。その部分をどう伝えて魅せるか。
 
作品作りにおける難しさと楽しさの醍醐味はここかなと思ってます。
 
思えば、1stアルバムから今回の8thアルバムまで、制作時に僕たちが置かれてた状況は様々で、4thアルバムまでは大阪に住んでたし、インディーズ時代メジャー時代を経て7thと8thは自主レーベル。録音したスタジオもエンジニアさんも様々で、コンセプトも曲調も違う。
 
僕自身ただ単純に"作品を作ること"だけに必死になってた時期もありました。
 
1stアルバムを録ってた時なんかまだ大学生だったから、自分の作った曲がCDになるという喜びで舞い上がってただけだった。
 
でも、そこからリリース枚数を経る毎に色んな事を吸収して勉強し、考えるようになり、より大きくなって来ました。
 
ふわふわしていた自分の活動理由や、モチベーションの根源が、今では明確に
 
「より多くの人に楽しんで貰うために!笑顔になってもらうために!」
 
というものになりました。その為に何ができるかを考えた時に、自分の中のミュージシャン、音楽家、出役としての意識がハッキリと変わった気がしたのを覚えています。
 
そんな風に昔より少しだけ色んな事をだんだんと考えられるようになってからしばらく後。
 
 
 
 
 
 
僕は未だかつてない大スランプに陥りました。
 
 
 
 
 
 
 
曲が作れない…
 
 
 
 
 
 
 
曲が書けない…
 
 
 
 
 
どんなものでも良かったら作れます。自分が得意な手法や好きな事だけ詰め込んでたらいくらでも作れる。
 
じゃあ何で作れないのか。
 
 
 
「一体、カルメラにおいて何が求められているのか?」
 
 
 
が見えなくなったからです。
自分が曲を書くとき、昔は何となくできた曲を
 
 
「できた〜!」
 
 
って持って行ってました。でも今は違う。
 
 
ライブをやる時に今はどんな曲が必要なのか?どういったコンセプト?いま求められてるのは?何をどう感じて欲しい?ジャズの要素って?エンタメ感はどう?新しさは?あまりにもかけ離れてない?こんなもので皆満足してくれる?何かと似てない?そもそもメンバーは何て言う?チームの皆はどう感じる?皆でアレンジを積極的に考えていけそう?etc…
 
 
浮かんだメロディーを一節形にしてみてはそんな事を思い、自分でボツにする。
 
 
こんなんじゃダメやな…
これはコード進行があの曲と一緒だからダメ…
これはメロディがホーンに向いてないやろうからダメ…
これは前にやった手法が入ってるからダメ…
これは…
これは…
 
 
と、どんどんとスランプのループに入っていきました。個人ライブでやる曲や個人の裁量で作る曲ならいくらでも作れるのに。
 
一度何も考えずに作ってみようかなと思って作ってみても、結局同じ。
 
全く何も前に進まない。完成させる事ができない。
 
正直、かなりキツかった。
 
思いついたことを書き留める用の譜面ノートにあれこれと書いては消したり破り捨てたり。最終的には何も書かずに真っ白な状態。
 
ピアノの前に座って真っ白な譜面を見つめてる時間が苦痛で仕方なかった。
 
街で流れる音楽を聴いて、俺でも作れる!と思うけど、いざ作ろうとすると何もできない。
 
 
「カルメラらしさって何やろう…」
 
「どんな曲がメンバーに、ファンに、世の中に求められてるんやろう…」
 
 
そんな事ばっかり考えてた。
 
 
それでも苦肉の策で数曲作っては自分の中で無いことにして、そのデータは見ないことにしていた。
 
このスランプ期間の途中には
 
 
 
もうええっ!
 
飲みに行こう!朝まで!!!
 
ウェェェエイ!!!!!!!
 
ええねんええねん!いつかまた作れるようになるやろし今の期間は飲んでたらええねん!
 
ウェェェエイ!!!!
 
 
かんぱーい!!!!!
 
 
 
 という日々を送ったりもし、何の解決もしない事を経験。
 
そんな事をしてるうちに
 
 
 
「自分は本当はなーんの才能もなくて、ただ運が良く今まで曲を作れてたんかもな〜。」
 
 
 
と、何の気もなしにポツリと心の中で思う事がありました。
 
本当に何の気もなしにポツリと無の状態で。ボケーッとしてる時にふわっと出てきた感情。その思いが一切マイナスな感情から来たものじゃないことに、僕は自分自身で心底驚きました。
 
でも、本当にそうなのかも。
 
他にも曲を作れる人はいるし、メンバー全員良い曲書くんやから、俺なんかもう良いんかも。とりあえずライブに今まで以上に全力で取り組もう。俺が曲作れなくてもバンド活動はできるし…
 
 
そう思い、そこからライブに臨むたびに、ステージに立つたびに、僕が見た光景はいつもよりハッキリと心に刺さってきました。
 
 
手を挙げて声を出してくれている姿。
楽しそうに踊っている姿。
初めての人が段々と心開いて最後は笑顔で皆と一緒になって楽しんでくれている姿。
ちびっこが無邪気楽しそうにしてる姿。
皆が「犬逃げた!」と一緒に叫んでくれる。
みんな、盛り上がってくれる…
 
 
自分の作った曲で、沢山の人がこんなにも楽しんでくれている。
 
俺の作った曲を好きだと言ってくれる…
 
 
……
 
 
 
何をやってんねん俺は。
 
自分で自分のことを「才能が無い」と片付けてしまうのが、この人達にどれだけ申し訳ない事なんか分からんのか。この人達が好きで楽しんでくれてるのは、才能が無い奴が作った音楽なんか?その人達が自分の音楽を好きでいてくれる気持ちを何で自分で否定するような事してんねん。
 
 
 
何してんねん!!!
 
 
何ちゅうこと考えてんねん!!!
 

 
 
「自分は本当はなーんの才能もなくて、ただ運が良く今まで曲を作れてたんかもな〜。」
 
 
 
 
???
 
 
 
何それ?何で俺がそんなん思ってしまってんねん!
 
 
普段から自分で自分を鼓舞するようにしてるし、自尊心は人より高目。プライドは富士山以上エベレスト未満のこの俺が…!!!
 
 
そんなタイプのこの俺が…!!!
 
 
こんな、しょうもない弱音吐いて…何しとんねん!!!
 
 
 
 
 
才能ない?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あるわっ!!!
 
 
 
 
ボケーーーー!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
才能があるか無いかじゃなく、自分の音楽を好きでいてくれる人達に対して何て不誠実な事考えてんねん!
 
 
そんなん思うならやめてまえ!
 
 
あかん!やめたらあかん!!
 
 
でもやめてまえぐらいのやつや!
 
 
アホアホアホアホー!!
 
 
俺のアホー!!!!!!
 
 
 
誰か今すぐ往復ビンタして!
 
 
 
 
できれば女子で!
 
 
 
 
アホアホアホー!!!!
 
 
 
 
優しくして!!
 
 
 
アホアホアホー!!!!
 
 
 
 
 
 
って事で
 
 
このままじゃあかんやんけ!作り続けなあかんねん!!!
 
作るぞ!!!!
 
 
絶対にー!!
 
 
作る!!!俺は!良い音楽をー!作るぞ!!!
 
 
 
 
とりあえず一旦封印してた、スランプ中のデータ聴いてみてどこがダメか考えるぞ!!!
 
 
 
 
あったあった。これこれ。ポチ
 
 
あーこんなん作ったな〜。うんうん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
えっ結構良いやん…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
え…じゃあこれは?
 
 
 
 
あー…あかんわ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これも結構ええわ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何やねん!イケるやん!手直したらいけるやん!
 
 
えっスランプ抜けてる?
 
 
抜けてる事に気付いてなかっただけ?
 
 
え?抜けたんは今!?どっち?抜けてた?抜けた?
 
 
どっちでも良い!!!!
 
 
今なら更に良いやつが出来そう!!!
 
 
 
そう、コンセプトはワクワク感。
カップルが主人公。
何かと疲れる都会の喧騒から脱出して、バカンスとか楽しいところへ向かうワクワク感!そんなちょっと可愛さもある爽やかなやつ!疾走感あるやつ!!
 
いける!
 
 
ベースはめっちゃ動いてる感じで!
 
 
いける!これいける!
 
 
浮かぶ!メロディが浮かぶ!
 
 
真っ白やった譜面が埋められていく!
 
 
このまま一気に書き上げてしまえる!
 
 
やるでーーーー!!!!!
 
 
……
 
 
 
その後、気付けば寝る事も忘れるぐらいに集中して湧いてくるアイデアを纏めました。
そうして出来たデモを持って行き、メンバーでアレンジを揉んで完成させたのが、今作の2曲目にある
 
 
Flight from SHIBUYA City
 
 
です。
 
 
色んな事を考えるようになってスランプになったけど、考える事が悪なんじゃなくて、根っこのところを見失いかけてたからじゃないかなと思ってます。
 
"自分は"どんな音楽が好きなのか
いま"自分が"どんなものを作りたいのか
"自分は"作曲家として何をしたいのか、何を残したいのか
"自分が"曲を作る喜びはどこにあるのか
 
要は"自分"という部分を排除し過ぎてた。
 
「自分の作った音楽で人が楽しんでくれるのが何より嬉しい」
 
こんな初歩的な、根本的なことなのに。独りよがりになるのを避け過ぎたからなのか何なのかよく分かりませんけど、大切なのは
 
 
「皆に楽しんでもらう」
 
 
ということなので、これからも
 
 
世の中の人に楽しんでもらえるような、自分の作りたいものを作り続けていけたらと思います。
 
何よりも、こんな風に紆余曲折あってもこの作品が完成し、世に出た事は改めて嬉しいです。
 
"生みの苦しみ"とは大袈裟かもしれないけど、作品を世の中に出すまでには並大抵じゃない色んな作業を乗り越えてます。
 
それもこれも、皆さんの手に渡って楽しんでもらえれば報われます。
ライブで楽しんでくれれば報われます。
 
この「THE PARTY!」が本当に少しでも多くの人の笑顔、明日への活力に繋がりますように!!
 
 
でも作り始めは全然駄目やと思ってたけど、改めて聴いたらイケるかもって思うのって、曲作りあるあるやと思うねん。一回PCの中で一定期間寝かせるってのが秘訣なんかも。
 
 
曲作りってワインと一緒なんやね。
 
 
 
って事で長々と書きましたが、纏めると
 
 
曲とか作るん大変やったけど頑張ったよ。その後CDできたよ!だから是非買ってね!そして聴いて!そして感想とか大々的に言って!
 
 
CDの詳しい情報は改めてこちらを!
 
 
って話でした。お付き合いどうも!
以上、パクシンでしたー!
 
 
 

ドッペルゲンガー見たら死ぬって多分うそ

TULLY'S COFFEEのコーヒーって結構美味しいよね。パクシンです。
 
気付いたら季節は冬に向かって全力疾走してる感じになってますけど、この時期の散歩って気持ち良いよね。
 
何いきなりこの話って感じで自分も戸惑ってはいるけど、この季節の散歩って気持ち良いやん。あっお前もしかして全然更新してなかったことうやむやにして始めようとしてる?できるだけ自然な感じ装おうとしてる?って思われてるかもしらんけど、この季節の散歩って気持ち良いやん。それは事実やん。
 
春とかの方が良いやんっていう人もおるかもやけど、あれやん。春って小汗かきがちやん。あと僕花粉はないんですけど、黄砂に弱いタイプなんで春はそこまで好きじゃないです。
 
秋〜冬にかけてがベター。夕日綺麗しね。なんとも言えない侘しさみたいなんがあるし、空気が他の季節より澄んでるから好きなんです。
 
って事で今日は家にいたので、夕暮れ時に散歩でもするか〜と思って出てきたって訳です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とっぷり日暮れてる…
 
 
 
 
 
 
 
何でやねん。何でそんな早いねん。まだ5時過ぎぐらいやで。ほんでそこまで寒くないってどういう事やねん。何で日の入りの感覚だけ冬を先取ってんねん。服屋か。
 
 
って事でTULLY'Sに来たって訳です。
 
 
後ろの席ではどこかの編集者と何かの作家さんが打ち合わせ中なのか「これは世の中的にはまだ出してはいけない話なんですけど…」って言いながらしきりに「mixiニュース」ってワードを出して話しているのが気になったり、やたら俺に似てる人がいてるのが気になったり、BGMのジャズがいちいちカッコ良くて周りに見られないようにサウンドハウンド使って誰のアルバムなのかとかチェックしたりしながら、いまこうやって何となく書いてます。
 
 
何の時間やねん…
 
 
いやいや、暇じゃない!暇じゃないねん!どっちかと言うとやる事いっぱいあるねん!せっかくやし色々作業しよと思ってPC開いたらバッテリー1%やったから。やのに調子乗ってトールサイズでコーヒー頼んじゃったから!スグに飲んで「え…あの人トールサイズのコーヒー飲むの早すぎじゃない?ププ」って店員さんに思われるのが嫌でちょっとゆっくりしてるだけやから。やから!!
 
 
 
話ちょっと戻るけど、このお店に僕に似てる人いてるんですよね。
 
 
 
世の中的に似てる人多すぎて困るレベルなんですけど、これ何?何か理由ある?理由あってこれ?俺の顔がのっぺりしてるだけ?ああそうですか。すんません。
 
でも絶対に店員さんは
 
 
 
「ヤダあの人たち絶対兄弟か何かじゃない?」
 
「えーそんな事ないでしょ。だって席別々だよ」
 
「えっでもさ〜。お互いにお互いが居る事気付いてない可能性もあるかもよ?」
 
「えーうっそー。でも無いことは無いかぁ。」
 
「あ!分かった!あれじゃない?喧嘩しちゃって気まずい的な!」
 
「あー!だから気付いてても声かけれない的なやつ?まじそれだったらヤバイね〜。めっちゃ受ける笑」
 
「だよね〜!良い年して喧嘩って笑 仲直りしろよ。」
 
「ハハハ〜!マジそうだよね!」
 
「おい、コラコラ、仕事中に何を騒いでるんだ。」
 
「あっ店長!違うんですよ!聞いてくださいよ〜。あそこのお客さんマジ受けるんですよ〜」
 
「どれどれ?」
 
 
ってやり取りしてるやん。絶対してるやん!最終店長も一緒になって俺たちの事興味深げに見るやん。
 
兄弟じゃなければ喧嘩もしてないし、何やったら向こうも「あぁ。また俺に似てるやついてる…これで何人目や…」って思ってる可能性もある。
 
 
 
何でなんやろうね。
 
 
 
友達に似てる!とか街で見かけた!的な声も良く聞くんですよね。
 
 
「こないだ女子と手繋いでデートしてました?」
 
 
とか。その時間思いっきりライブ中やっちゅうねん。ちょっとドキッとしたわ。別の意味でドキッとしたいわ!
 
 
「友達にめちゃくちゃ似てる人いてるんですよ!」
 
 
とか。よく言われるんで、じゃどれくらい似てるんかなと思って写真見せてもらうと「???」ってなる事もしばしば。どう見えてんねん。共通項「顔薄い・目細い・仏頂面・猫背」これやん。
 
あとあれ、初めましてのグループ内にジョインした時に、そのグループ内で
 
 
「◯◯さんに似てない?」
 
「あー!わかる!似てるかも!」
 
「絶対似てるって!うわやべっチョー受ける!」
 
 
的なやつ。プライドが富士山以上エベレスト未満な僕からしたらこの状況に堕った時は、いつでも鼻にグーパン喰らわしたるでぐらいの精神なので、内面に怒りを秘めた表情になっていることでしょう。これでも◯◯さんに似てると言えるのか!こんなにも!こんなにも眉毛ピクピクしてるのに!!
 
まぁでも出来るだけ笑いに代えれる返しをしようと思ってるんですこれでも。良い返しまだ見つかってないので、募集します。
 
 
 
 
あれやで。
 
 
 
ドッペルゲンガー見ると死ぬ」みたいな話あるやん。もしそうだったとしたらよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺死んでるやん
 
 
 
 
 
 
 
でも幸運な事に生きてるので、どっかでドッペルゲンガー見ても死なないワクチン打たれたのか、この都市伝説がまさしく都市伝説だったってのかだと思います。
 
 
それにしても、ここまでこういうのが多いと自分が量産型なんじゃないかと言う気にもなってきてて。え?俺ザク?ザク的なやつ?って。
 
 
 
つまりこういうこと。
 
 
地下組織によって秘密裏に進行されているプロジェクト。
人の量産型を大量に作り、世の中に忍び込ませ、然るべき時に事を起こそうという計画。本人達が社会に溶け込めるように今の記憶をインプットし、潜伏させている。そうとは気付かずに普通に産まれ育ち、他とは変わらない何気ない人生を送っている。と思っている俺たち量産型。
 
 
こういうワクワクするストーリーもなきにしもあらずって思ったらちょっと気持ち楽。厨二病爆発し過ぎてるけど、何かマトリックスっぽくもあって胸アツやん。それやったとしたら一人の主人公として、量産型であることを受け入れようと思います。どんなストーリーが待ち受けているのか。せっかくやし壮大にドラマチックな展開が良い。
 
 
量産型の一人、パクシン。28歳。彼はもちろん自分が量産型だとは気付くよしもなく、28年間普通の人のように生活を送っていた。もっともそういう記憶をインプットされているだけの話なのだが。
 
そんな彼の元にある日、非通知の発信元から一本の電話が入る。
 
恐る恐る受けてみるも受話器の向こうからは何の声もしない。
 
 
 
「もしもし?誰ですか?」
 
 
 
問いかけても応答はなく、相変わらずの沈黙。
 
 
 
 
「何だよ…もう」
 
 
 
そう苛立ちながら切ろうとしたその時
 
 
 
 
「ピーーーーーー」
 
 
 
 
けたたましく不快な電子音が響いた。
 
 
 
「何だ!何だよ!」
 
 
 
この電話の向こうから鳴ったのか…?
 
 
いや、音は電話からではない。そして相変わらず電話の相手は無言だ。
 
 
 
 
ではどこから!?
 
 
 
動揺しながらも、一瞬冷静になるように努めると、ある事に気付いた。
 
 
「お、俺の部屋の中だ…この音は部屋のどこかから鳴っている…」
 
 
 
この電話とこの電子音の関係性があるのかどうか。まだ分からないにしても、奇妙な因果関係を感じて動揺が更に膨らむ。一体これは、この状況は何なんだ。そして電話の主はいったい誰なのか。
 
 
「お前か!お前がやったのか!」
 
 
そう電話に向かって叫ぶも、相変わらず沈黙が返ってくるだけだ。
 
 
 
「ちくしょう!!いったいどこから鳴っているんだよ!どこだ!どこなんだよ!!!!!」
 
 
 
すると、何の反応もなかった電話の向こうからかすかに小さな声が聞こえた。
 
 
 
「…イ …コ…ロ…… 」
 
 
 
 
「何だ!何て言ったんだ!!」
 
 
 
電話口では同じ言葉が繰り返されている。人が発しているとは思えない、機会音のような作り者の声で何かを伝えようとしている。それがこの状況の不気味さを更に加速させているが、パクシンという男はそんな中でも気になった事は放っておけない人間だ。と言ってもそんな性格もインプットされているものなのだが。
 
耳を澄ませて聞くと、声の主が伝えてくる言葉がハッキリと聞こえた。
 
 
 
 
 
「ダ…イド…コロ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
「台所だって!?」
 
 
 
パクシンは台所へと飛んで行った。確かに先ほどよりも電子音がハッキリと聞こえる。
 
 
 
「ちくしょう!人の家の台所に変な仕掛けをしやがって!いったい台所のどこから鳴ってるんだ!いや、待てよ…これは…ここからだ!ここから鳴っている!!えっ…でもこれって…おい!どういう事なんだ!!」
 
 
 
 
 
 
当惑して問いかけるパクシンに、電話の主が驚愕の一言を発した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ゴハン…タイトイタデ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「炊飯器の音やったんかーい!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そう、そのけたたましく響く電子音は炊飯器の音だったのだ。
 
 
 
「な、なんて事だ…」
 
 
パクシンは驚愕しながら炊飯器を開けた。
 
 
立ち込める湯気とともに姿を表すふっくらとした炊きたての白米。もちろん、彼の好み通り少し固めの仕上がりだ。そう。パクシンは水分が少し少なめな固めのご飯が好きなのだ。
 
 
「お、俺の好み通りの固めのご飯…」
 
 
 
そう。もちろん、固めのご飯が好きという事もインプットされている事柄だ。だが彼は知る由もない。今のところは…
 
 
「あ、ありがとう…これでご飯を炊く手間が省けたよ…で、でもお前は一体誰なんだ!?俺のご飯の好みまで把握しているお前は一体誰なんだよ!何の為にこんなことをするんだ!」
 
 
 
 
 
彼の問いかけの後、しばらくの沈黙が続いた。その沈黙に苛立ちを隠せないパクシンだが、痺れを切らしてもう一度叫びそうになった時、電話口から返答があった。
 
 
「パクシン…ワタシハ…」
 
 
「私は!?誰なんだ?お前は誰だ!」
 
 
「ワタシハ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
to be continued...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いや、続かんけど。
 
 
ほんで、気付いたら似てる人帰ってた。
 
 
コーヒーも冷めてた…
 
 
これ書いてるうちに一時間半ぐらい経ってる…
 
 
何をしてるんや俺は…
 
 
 
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前回の模様をちょっと公開。リハver.と本番ちょろっとver.です。
 
喫茶アラジン リハver. 何だかナマナマしいリハの感じそのまま一曲まるまる公開。
 
10周年迎えたカルメラの方もよろしくお願いします。
 
 
以上量産型パクシンでした。
 

多分今日は一生想い出に残る日。

 
誕生日を迎えました。
 
今日で僕は28歳になりました。
 
 
沢山のお祝いの言葉を頂き感謝です。
 
 
今年もこの日を迎えて無事に一つ歳を重ねることが出来たのは、関わってくれる人たちのお陰。良く見る”月並み"とも言える台詞にここまで自分の心が重なることがあるとは、昔は思ってもみませんでした。
 
音楽を生業とし、去年よりもステップアップした”PAKshin”として今ここにいられること。まだまだこの道を先を見つめて走り続けられること。いま健康でいられること。何よりも幸せなこと。
 
そんな身体的にも精神的にも恵まれた状態で無事に1年を過ごせたことの感謝と報告を『おめでとう』の言葉を頂くより先に、関わってくれた人たち全員に直接伝えたい気持ちでいっぱいです。
 

 

誕生日は『おめでとう』をもらうより『ありがとう』って伝える日ってのがしっくり来ます。
 
 
だからここで言います。
 
 
 
 
 
 
 
皆のお陰で一歳老けたよー!!
 
 
 
ありがとーーーーーー!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
そんな28歳の誕生日の今日を、僕は地元で過ごしました。
 
昨夜の仙台終わりで大阪に向かい、本日は地元の生野区民センターにて
 
アジアハウス・生野こもれび保育園主催
『明日をわかち合うためにⅥ』
 
というイベントに参加しておりました。
 
 
生野こもれび保育園というのは、その前身が僕の出身保育園であり、園と同じ敷地にあるアジアハウスという団体は、海外から来る留学生の寮であり、こども劇団を擁する団体。僕はこのこども劇団に小学校を卒業するまでいました。詳しくは以下webサイトへ。
 
 
今日のこのイベントは、その両団体が主催する2年に一度の発表会のようなものです。僕はゲストとして、ソロピアノで出演させて頂きました。
 
 
アジアハウスの留学生それぞれの出身国の伝統文化を教育に取り入れているこの保育園は、本当に国際色が豊かです。そして、昔から舞台にかけては特にスパルタ指導。こども劇団のほうももちろんそうで、歌に合奏、劇に伝統舞踊などなど、まだまだ小さな年端もいかない子どもたちができるとは思えないパフォーマンスを先生たちは指導します。
 
 
僕はこの日、ゲストとしてプログラムを始めから鑑賞していました。
 
 
まずはタップダンス。
 
 
3歳や4歳ぐらいの子も混ざっているように見えるのに、皆普通に上手いやないか…
 
 
てかめちゃくちゃカッコええやないか…
 
 
 
続いてコーラス。
 
 
 
 
え、待って…
 
 
 
 
 
 
めっちゃ上手くない?何これ?
 
 
 
 
 
えっ何そのファルセット何?
 
 
 
 
 
みたいな事がどんどんと繰り広げられていくんですよ。
 
 
保育園児達がアルゼンチンやイスラエルの民族舞踊を踊ったり。
 
 
 
見てて凄いなぁと思うと同時にすごく懐かしい気持ちになりました。
 
 
 
『あぁ〜俺もこんなんやってたなぁ…』
 
 
 
『そして、練習で先生によく泣かされたなぁ〜』
 
 
 
そんな事を思うと、ホロっときそうになって。懐かしんでたらあっという間に自分の出番が来ました。
 
 
 
2曲ソロで演奏したんですけど、そのうちの一曲は絶対にここでやりたいと思ってた曲。
 
 
韓国民謡の『アリラン』という曲です。
 
 
 
僕もそうですが、生野区在日コリアンが多く住む街。国際色豊かな教育をするこの保育園では、そのルーツを持つ人たちを尊重する、そしてそんな街に住んでいるのだから色々な伝統文化を学んでみようという取り組みをされていました。
 
僕もこの『アリラン』を保育園時代に教えて貰いました。
 
たまに実家に帰ってきたときに、ピアノを弾く機会があるとこの曲をちょろっと弾くんです。すると、僕のピアノに合わせて祖父母が歌ってくれて、その度になんだか心にグッとくるものがありました。
 
 
 
ミュージシャンとして、ピアニストとして、初めての地元での演奏。
 
それが出身保育園が主催するもので、僕にとっては小さいながらも”凱旋"という大きな意味がありました。
 
 
そんな機会に、自分のルーツやこの街のこと、育ってきたあれこれを考えると、僕の中では『アリラン』を演奏することは始めから決まっていたことのように当然で、大きな意義のあることでした。
 
 
父も母も祖父も祖母も、小さい時から見てくれた先生たちも、友達もいてる中で、僕はこの小さな”凱旋”で自分の中の大きな意義を果たせたような、そんな気がしました。
 
 
たまたま東京から帰阪していた妹二人も見に来てくれたのですが、後から
 
 
 
『おじいちゃんもおばあちゃんも凄い感動してたし、見に来てた人たちが皆感動してたよ』
 
 
 
と様子を伝えてくれて、普段は割と辛辣なことしか言わない正直な(笑)妹が言うことなのだから多分そうなんだなぁと。そう思うと本当に嬉しかった。
 
 
やって良かった。
 
やらせてもらえて良かった。
 
 
 
そして、ソロピアノの後は子どもたちのタップダンスとコラボしました。
 
プレスリーの『ALL SHOOK UP』という曲をアレンジしてやったんですけど、ほぼ本番ぶっつけ。実際めちゃくちゃヒヤヒヤだったんですけど…
 
 
 
何や君たち、その完璧な合わせっぷりは…
 
そしてそのカッコ良すぎるダンスは…
 
 
 
お世辞抜きで本当にたまげた…子どもの可能性って凄いんすね…
 
 
 
 
そして、無事に演奏が終わるとインタビューがありました。園児さんが僕に質問をしてくれ、それに答えるというスタイル。まぁまぁ。微笑ましいやつやろ?微笑ましい質問に、OBのお兄さんが微笑ましい回答するやつやろ?と思ってたら
 
 
 
 
 
 
 
 
『今どれぐらい売れてるんですか?』
 
 
 
 
 
 
 
っていう、内角をエグる豪速球が飛んできてびっくりしました
 
 
 
 
子どもの可能性って凄いんすね…
 
 
 
という訳で僕の出番は終わり。その後も続くプログラムの中で最後に劇があったんですけど、題材が『地獄のそうべえ』というやつで、これは僕も子ども劇団のときにやっていたものでした。
 
 
もうね、懐かしさと、当時より数段レベルアップしているクオリティに、見ていて涙を堪えるのに必死でした。
 
 
”そうそう。こんなセリフだったな。”
 
“あの小道具!"
 
“あの和太鼓!"
 
 
一気にタイムスリップした気になって見ていたら、気付いたら終幕。懐かしかったなぁ…
 
そうそう、あの時俺の役は…
 
 
 
 
 
 
青鬼
 
 
 
 
 
やったけど。
 
 
 
それも良い思い出。
 
 
 
この日通して感じた事は、先生達の”想い”の強さでした。確実に皆さんが子どものために、高い目標を持たれているのを感じました。
 
 
『人前に出ると度胸もつくし、舞台に出る喜びを少しでも知ってもらえたら良いなぁと思ってるんです』
 
 
舞台袖で話したある先生はそう言っておられました。そしてその後にこうも言ってくれました。
 
 
 
『そうしていくうちに、ここにいる子達の中からパクシンさんのような方が生まれてくれればそんなに嬉しいことはないですね〜!』
 
 
 
僕はその言葉が凄く嬉しかった。多分、僕の時代と本筋の方針は変わっていない。むしろレベルアップしている。だから、きっと現れるに違いない。間違いなく僕の舞台度胸はここで養ってもらった。ステージに立つということ楽しさを知ったスタート地点はこの場所だということに、改めて気付かされました。
 
 
 
自分の舞台人生の、本当に初めの初め。そんな舞台に”ゲスト”として”プロミュージシャン”として “ピアニスト"として帰って来れたこの日。小さく見えるかもしれないけど、僕の中では大きな意味を持つ凱旋でした。
 
 
何て素晴らしい誕生日を過ごせたんだろう。
 
 
原始点を感じられて、気付かされたことが沢山ありました。さらに色んなことを考えて、前に進んでいくモチベーションに繋がりました。
 
 
本当に今日は特別な日だった。
 
 
見に来てくれた方々、関係者の皆さん、出演者の皆さん、共演者の皆さんに感謝です。
 
 
 
 
 
帰り際にとある男の子から
 
『パクシンさん!パクシンさん!』
 
 
と呼び止められて
 
 
『なにー?』
 
 
て聞いたら
 
 
 
 
 
 
 
『さっきそこにパクシンさんの弟おったで』
 
 
 
 
 
 
て言われました。僕の知るところではうちには妹が2人いるのみです。
 
彼にはいったい何が見えていたんだろう…子どもの可能性ってすご…
 
 
 
 てことで、演奏風景や子どもとの写真は載せれないんですが今日撮った写真をちょろっと。
 
今日僕を呼んでくれた、副園長兼アジアハウス代表の辻本先生と。兄弟三人仲良くめちゃくちゃ怒られてました。笑
でも、凄く愛があって。怖いけど大好きな先生でした。彼女のバイタリティーは本当に素晴らしい。先生、こんなに小柄やったんや…
いつまでも厳しいながらも愛の溢れる元気な先生でいて欲しい。辻本先生、ありがとうございました。
 

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そして、今日見に来てた同級生がたまたま持ってた『地獄のそうべえ』で青鬼役をやってた俺の写真。
突っ込みどころありすぎるけど、この顔に薄くペイントされている青鬼感を醸し出してる成分は次の日になってもとれなかったのすげぇ覚えてる。髪型がツノを現してるのかただの寝癖なのか謎。あと俺この股間のとこどうなってんねんこれ。
 

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帰ってからは家でばあちゃんとおかんの手料理で誕生日を祝ってもらいました。家族が全員揃ってゆっくり晩御飯を食べるのが本当に久しぶりで、本当に楽しかった。この時間もだんだん限られたものになっていってるんだなぁと思うと、愛おしくて。ちょっと泣きそうになった笑
 

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締めは妹が買ってきてくれたバースデーケーキでした。
またこうやって皆で一緒に楽しい時を過ごせるように願ってろうそくの火を消しました。
 

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という訳で本当に良い誕生日を過ごさせてもらいました。
 
今からサウナ行って〆るつもりです。
 
 
 
皆さん、28歳になった僕もよろしくお願い致します。
 
 
以上、パクシンでした!
 

映画観るならひとり派?ん〜…場合による派。

 
昔から一人で行動することが得意な方です。
 
飲食店に一人で入るなんて余裕。一人で映画も行くし、買い物も一人で行く派。誰の気も遣わなくていいし。
 
優柔不断な性格なんで、食べるメニューも、何を買うかもゆっくりしっかり吟味してから決めたい。失敗した時の後悔は、その責任が自分にあると割り切れるもん。誰かと一緒にいて、時間や相手のことに気を遣って失敗しちゃったらその後悔は倍に感じる。気がする。
 
でも、人と一緒にいるのは楽しいし、仲間でわいわいするのも好き。皆で楽しむのが趣旨なのに、この『注文ミスった。あっちにしときゃ良かった』なんて無粋なことは思いません。バランスですよね。
 
だから、一人焼肉なんて挑戦しないし、したいとも思わない。どうしても一人の時に肉喰いたかったらケネディでステーキ食うわ。
 
とまぁ、何だか飲食店におひとり様なシチュエーションの話に傾いてますけど、僕は結構一人で芸術に触れるのって好きなんですよ。
 
より場の空気感に浸れるし、作品に対して没頭できる。
 
『あ〜ここはこうだったなぁ』とか『なるほど、あれはこういうことか』とか『ここが素晴らしかったなぁ』
 
みたいなことを、帰り道なんかの記憶が新しいうちに一人でじっくり反芻するのが好きで、深く感性を育める気がする。
 
他に気にかけることがない状況がある方が、集中できるってことだけなのかもしれないですけどね。
 
もちろん、その場に誰かと一緒に連れ立って行くことも嫌いじゃないですよ。終わってからあーだこーだと言えるし、楽しくってその後のお酒が美味しく感じるしね。
 
 
そういう意味では映画とか良い例かも。
 
 
そう、デートの定番と言えば映画!
 
 
暗い空間で二人で並んで極上のエンタメをそれなりに安い値段で楽しめる。めっちゃ良いやん。僕も何度か女性と映画には行きましたよ。
 
ここで、何を見るのかが結構重要なポイントだけど、そう都合良く二人の趣味の間とったのがやってなかったりするじゃないですか。
 
例えばこんなラインナップ
 
 
 
スターウォーズみたいなんの新作
 
・なんか犬とか出てきて感動するやつ
 
・B級臭するサスペンス
 
・ドラ⚪︎もん
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうします…?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんな詰んだ状況ある?相手にもよるけど。
 
 
こっちとしてはね、そらスターウォーズみたいなんの新作が観たいんですよ。時間とお金遣って観るという意味では本心はそうよ。でも多分、女子知らんやん。スターウォーズみたいなん多分見てないやん。昔の三部作とか追ってないわけやん。興味ないわけやん。
 
そんな事分かってるから、まぁその本心はぐっと堪えるわけですよ。
 
 
じゃぁ何観る?と。
 
 
 
 
 
『なんか犬とか出てきて感動するやつ観る?』
 
 
 
『うん!いいよ!』
 
 
 
 
 
 
ってなる!多分なる!なるやん!
 
 
 
 
観たい??ほんまに観たいと思ってる?なんか犬出てきて感動するやつほんまに観たいと思ってる??大の大人が観るにはあまりにもストーリー見えてるやつやけど、多分お互い妥協で選んでしまってるよね?
 
って。何か、僕の中で
 
 
 
 
『これ別に映画館で見なくてもよくない?』
 
 
 
 
って感情が凄いんですよね。
 
 
だからと言って、残された選択肢はさすがに提案するのも憚られるもの。まぁ俺は好きやけど。ドラ⚪︎もん。
 
 
その選択肢が無いとしたら、もう多分犬のやつになると思う。でも多分、感想は
 
 
 
 
 
 
 
『犬可愛かった』
 
 
 
 
 
 
 
『おじいさん優しかった』
 
 
 
 
だと思う。
 
 
多分、それ以上頑張って絞り出しても
 
 
 
 
 
 
 
『となりのおじいさんとおばあさん意地悪やった』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『枯れ木に花咲いて凄かった』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『犬やからワンワン言うのに、ここぞって時に”ここほれワンワン!”っていきなり人間の言葉喋ったんびっくりした』
 
 
 
 
 
 
 
ぐらい。
 
 
 
 
書いてて、これの実写化あるなら絶対観に行くけどなって思った。
 
 
 
 
 
まぁそんな事をつらつら語ってるけど、別にデートだし、観る内容が大事な訳じゃないねんから、別にどうでも良くない?ってことじゃないですか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺はそんなことにいちいち悩んでまうんやぁぁぁあああああ!!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ってことでね、向いてない。向いてないねん。前提からして。
 
一人で楽しみたいものは一人で楽しみたい。皆で楽しめるものは皆で楽しみたい。
 
 
 
それでええやん!!
 
 
 
そもそも誰も文句言ってないけど!!
 
 
 
例えが映画になったからちょっとだけ変な方向に行った気がするけど、多分ライブも同じかなぁとか思うことあるんですよね。
 
 
やっぱり一緒に行く人がいた方が心強いってのもありますしね。ライブハウスやクラブに一人で行くのって気がひける気持ちあるのすごい分かるし。
 
でも、一人で行っても、一人だからこそいつもと違った楽しみ方ができることってあると思うんですよ。
 
 
そんなことを考えた上で、僕がやってる個人の活動のライブは、場所や内容など含めて、おひとり様向きなのかなぁと思うんです。実際おひとりで来られる方もけっこういらっしゃるし。
 
 
で、そんなことを考えてると、より一層、おひとり様でも来やすい空間を作れたらいいなぁと思う訳です。
 
どうしたら良いのかはこれから考えていってちょっとずつチューンナップできれば良いなと思ってます。
 
 
もちろん、友達と来るのは大歓迎ですよ。でも、友達いないし一人だしって悩むことがあれば、それでも来やすい環境、来て良かったと思えるものを作りたい。
 
そして、そんな方には一人だからこその楽しみ方を提供できれば。
 
 
 
最近、カルメラ以外でのライブも多くなってきたので、何となくそんなことを考えたりしています。要は、良い空間を作って行きたい。漠然としてるけど…
 
 
明日はSUNDAYカミデさんと下北沢Circusにて『サンデーとパクシン』です。こちらは完売しております。
 
26日は、僕の月例主催イベント『パクシンの部屋TOKYO vol.9』が下北沢cafe/fieldであります。こちらはお席ちょっとだけ残ってます。
 
 
個人のイベントも、ただ何となくやるんじゃなく、想いを持ってやってます。その想いを、ちゃんと言葉にして分かりやすいように伝えられるよう、より一層みなさんに興味を持ってもらったり、共感してもらったりできるよう、日々努力していきたいと思ってます。
 
もちろん、カルメラのライブもおひとり様大歓迎ですよ。絶対に楽しめる内容をお届けするために日夜頑張ってます。
 
 
って訳で、よろしくお願いします!
 
 
 
 
2/26(金)『パクシンの部屋TOKYO vol.9』
@下北沢cafe/field
OPEN19:30/START20:00
¥2500(1drink別)
 
ゲスト:青木ケイタ(BSax. from THE MAN)
 
ご予約はpakshin.official@gmail.comまで
 
 
 
 
結論、デートで映画に行くならスターウォーズ全部網羅してて、一緒に楽しめる女子が良い。でも好きが高じてマニアックだったり、アツすぎるのはいや。そして、花さか爺さんの実写版が公開されることがあるなら絶対に観たい。
 
以上、パクシンでした。
 

禁止にされたハーフパンツ

『お前その話今かよ』的な話になっちゃいますけど
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日本ラグビー凄かったですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
五郎丸さんの活躍が凄かった。ルール分からんけど。凄いのは分かった。五郎丸ポーズ!
 
 
 
 
いや、今更なんは分かってるねん。でも、ふとした事から先ほど日本ラグビーの話題が目に入り、僕の脳裏をある記憶がかすめて行ったので、記憶を呼び戻して留めておくためにブログに残そうと思って。お暇な方はお付き合い下さい。今回は僕の高校時代の話です。
 
 
学生時代にいた風紀に厳しい先生。
 
 
先生あるあるをあげていくと、TOP3に入るであろう、どこの学校にも必ず一人はいる生活指導の厳しい先生。そんな先生がうちの高校にもいました。
 
蛭間先生という方で、とりあえず”ヒルマ”と読むんですけど、漢字は自信ないので予測変換任せです。
 
この蛭間先生、僕の学年を受け持ったことはなく、直接的に教科を指導された訳でもないんですが、ちょっとした名物先生でした。それはもちろん、やたらと風紀に厳しいから。
 
僕の高校には”校証”というバッチがあり、それを常日頃から衣服に身につけていないといけないという校則があったんですけど、そんなの高校生からしたら
 
 
『誰がそんなん守んねん。ほんで誰がいちいちそれ見てんねんバーカ。そもそもダサいねん。』
 
 
って感じなんですよね。でもね、見てるんですよね。
 
 
 
 
 
そう、蛭間先生は。
 
 
 
 
 
毎朝、校門に立っては登校する生徒をチェックし
 
 
『お前、校証はどうしたんや?』
 
 
と睨みを効かせて聞いてくるんですけど、僕は
 
 
 
『筆箱につけてます』
 
 
 
という訳のわかんない言い訳をしてた記憶があります。自分から張り切って校則破ってますアピールしにいってるアホな子…。しかし、アホかどうかはさて置き、何か言い訳できるならまだしも、そこでタジタジとしてしまう生徒はその場で校証を買わされます。
 
 
『校証買え!』
 
 
と、普段なら購買でしか売っていないはずの校証を、その蛭間先生は手に持ってる箱に沢山入れて、その場で持っていない生徒に買わせていました。何という購買との癒着関係。
 
 
でもその場で買っても、結局は教室に入った瞬間にみんな外してしまうので
 
 
『俺、校証持ってる数10個超えたわ〜』
 
 
なんていう猛者もちらほらいましたね。
 
 
そういえばうちの学校は私服だったんですけど、訳のわからない校則の一つとして
 
 
ハーフパンツ禁止
 
 
というのがありました。理由は”高校生らしくない”という凄く漠然としたもの。茶髪やピアス、携帯が禁止なのはまだ納得行きますけど、そこと同列にハーフパンツが並べられていたんですね。
 
 
 
茶髪、ピアス、携帯、ハーフパンツ禁止!!
 
 
 
ハーフパンツの場違い感よ。本来ならよされてもない存在。茶髪、ピアス、携帯というワルのグループに、『僕も混ぜてよ〜』と言いながらその三人にゴマをすり、金魚のフンのようにひっついているやつ。ワル三人組がそいつの事を陰で笑いながらも、まぁパシり役が一人できたと思って利用したら良いんじゃん?ぐらいに思われてるやつ、ハーフパンツ。そんな風にしか見えない。
 
まぁでも、そんなに自らハーフパンツを履いてくるような奴はいなかったんですけど、またもやその蛭間先生が『ハーフパンツ禁止!』と声に出して言ってた記憶はあるんですよね。
 
 
 
 
そもそも誰も履いてへんし。
 
 
 
 
てゆうか冬に言われても…
 
 
 
 
それぐらいの感じ。しかし当時、一つ上の先輩で、やたらと生徒会に立候補する人がいたんですけど、その人が公約として全校生徒に掲げていたのが
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ハーフパンツ禁止!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もうええわーいっ!
 
 
 
 
 
どこまでハーフパンツ引き合いに出すねん!
 
 
 
 
だから、そもそも誰も履いてへんし!
 
 
 
 
ほんでいま冬やし!!
 
 
 
 
 
 
って言うか…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
元から禁止や!!!!!
 
 
 
 
 
って訳でその先輩は毎回落選してました。お察しの通り、相当変わった方でしたね。話したことないけど元気にしてるかなぁ。
 
 
話は少しそれましたけど、そんな色々とある校則や風紀に厳しかったのが蛭間先生でした。
 
 
基本的に生徒の自主性を重んじる学校でな上に、他の先生方が割とゆるかったのもあり、蛭間先生のキャラは際立ってたんですね。
 
やたらと怒る先生。しかもその怒り方が、何となく奥底に愛を感じられないというか、上手く伝えられないけど、ずっと憤怒の表情なんですよね。他の先生の”怒る”とは何かちょっと違う。僕はそんな風に捉えてました。
 
学年が変わり、全校集会での担任発表の時、蛭間先生が一つ上の学年を担当するとなっただけで先輩たちはざわめき、ところどころで
 
 
『おい…』
 
『またか…』
 
 
という言葉が聞こえてきていました。そして、遂に蛭間先生が担任するクラスが発表された瞬間、あからさまに
 
 
 
えええええぇぇぇっっ!!!!!!
 
 
 
という声が上がり、そのクラスの先輩たちは悲壮感のある顔をしていました。
 
 
 
『ヤバいって!マジありえへんねんけどー!』
 
 
 
っていう女子の声がアリアリと脳内で再生できる。そんなんほんまに言ってたかどうかは分からんけど、このシチュエーションで、大阪の女子高生ならこれを一言一句違わず言ってる。自信あり過ぎる。
 
 
 
まぁ先輩達はご愁傷様だなぁと思いながら、部活の先輩で不幸なことに蛭間クラスになった人に、実際その先生がどんな人なのか興味本意で聞いてみると
 
 
 
 
 
自己紹介の時に放つ『夜でもヒルマです』という決まりジョークが滑り倒してる
 
 
 
 
 
という情報が得られるのみで、後はその先輩の表情でお察しという感じでした。
 
 
そこからも、蛭間先生による登校時の風紀チェックはたびたびあり、自転車登校をしてた僕は、チャリの後ろにつけるロッカク(地域によりロケット、ステップなど呼称がさまざま)を没収されたり、校証を買わされたり、校証を買わされたり、校証買わされたりしました。
 
ロッカクについては没収されるのは分かるけど、その後返してくれなかったので、直接言いに行ったんですよね。返して下さいよって。
 
もちろん一蹴されたけど
 
『親の金で買ったんやからこれは親のものであって、そもそもそっちに所有権があるのおかしい。』
 
的なことを言ったら、他の生徒たちから没収したロッカクがたくさん入った箱を出されて
 
『ほな持っていけよ!』
 
って言われたんですよね。いやいや、これやったら俺のがどれか分からんし、そもそも根本的に分かってねーなーと思いながら、適当なやつ選んで持って帰りました。
 
 
 
そんな蛭間先生にも転勤のときがやってきます。
 
 
学内では
 
『聞いた?ヒルマ転勤らしいで!』
 
『マジで?ヤッター!!』
 
というむごい会話が繰り広げられていましたけど、悲しいかな、これが先生がこの学校でやってきた事の結果なんでしょう。
 
 
 
そして全校集会において、蛭間先生が最後の挨拶をします。
 
 
 
その挨拶は冒頭から、何か違和感のようなものがありました。この挨拶は誰に向けられてるんだろうかという感じから、だんだんと右寄りな話になり、今の男子高校生に訴えかけるようなスピーチ。
 
回天という大戦で用いた人間魚雷(これはうちの高校の出身の人が開発した)の話も出てきて、だんだんと不穏な空気が流れる。
 
話を聞きながらも『おいおい、大丈夫か?』と思って周りをみると、みんなが同じような空気に包まれていました。
 
 
加熱していくスピーチ。脳裏をかすめる”三島由紀夫”というワード。あかんあかんあかーん!
 
まぁさすがに切腹は絶対ないにしても、結びにどんな言葉を放つのか。どんなメッセージを俺たちに残すのか。全校生徒が固唾を飲んで聴き入る中、蛭間先生が話を続けます。
 
 
 
『だから私が伝えたいのは、男子高校生は全員…』
 
 
 
 
うん
 
 
 
 
『男子高校生はね、みんな…』
 
 
 
 
 
うん。
 
 
 
 
 
『男子高校生は全員ね…』
 
 
 
 
 
うん!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『男子高校生は全員ラグビー部に入れ!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
( ゚д゚ )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まさか過ぎる!!!!!!!
 
 
 
 
 
いや、、俺もう陸上部やねんけど…
 
 
 
そして波乱のスピーチは無事に終了。結局、右寄りな話をした最後に『男子高校生はラグビーをしろ』というメッセージでまとめた内容。訳が分からなすぎて…
 
 
友達に『なぁ、蛭間先生ってラグビー部の顧問やったっけ?』と聞いてみると
 
 
『たぶん違うで』
 
 
と。
 
 
 
より一層訳わからんわ!!!
 
 
どういう立場やねん!お前何の人やねん!!
 
 
 
 
と、全校集会後、その場は騒然としていました。
 
 
……
 
……
 
 
 
っていう話をね、五郎丸さんをテレビで見た時に、そういえばラグビーといえばこんなことあったなぁと思い出しまして。
 
 
 
 
思い出した時に、こうやって改めて話を綴ってみて思うのは
 
 
 
 
 
蛭間先生めっちゃおもろい人
 
 
 
ってことかな。どの角度からみても面白い。
 
 
良い大人がムキになって、校証校証と言って生徒に目くじらをたて、仕事とはいえその度の越しっぷりに、たぶん周りの先生は『いやいや蛭間先生、もういいっすやーん』って思ってたんやろうなと勝手に想像すると、融通が利かず真面目なゆえにずっと怒ってるとことかおもろいし、冗談が全く通じないないくせに、『夜でもヒルマです』って自分では欲しがりに行ってるとこ、しかもそれがどう考えても滑ってるのに、え?なんで?なんでそれでいけると思ったん?この空気やで?ほんでそのキャラやで?ってとことか全くわからなかったんだろうなってとこも面白くて、もはや可愛いし、生徒に詭弁を使われただけでムキになって拗ねるとことか、マジで右寄りな話を上からしてくるけど、高校生にもなるとそんな人の話なんて真面目に聞く奴なんて少ないのに、それでも必死で。挙げ句の果てに、ラグビー部と何の関係もなかったにも関わらず、男子生徒に向かって『全員ラグビー部入れ』って。
 
 
 
めちゃくちゃオモロいやん。見ててこの人面白い要素豊富すぎる。
 
 
側にいたらイジリがいがある人。でも多分、真面目で堅いからイジったら激昂するんだろうなぁ…
 
 
めっちゃエッチな女の人に迫られたらどんな反応するんやろうなぁ。絶対面白いと思うねんなぁ。
 
 
 
 
 
で、この話、俺が何を言いたいかというとですね。
 
 
 
僕はこの蛭間先生のことを、当時は凄く怖い人、ややこしい人、近づいてはいけない人と捉えてたんですよ。多分、他にもそう思ってた生徒は多かったはず。その時代に先輩から聞いた挨拶のジョークの話も、転勤時のスピーチも、当時は嫌悪感というか、凄く嫌な気分になったもんで、常に怒っているけどどことなく愛情がなさそうな感じとか含め、すごく冷徹で危ない人間に見えてました。
 
考えてみたら蛭間先生だけじゃない。
 
凄く良い学校だったけど、反骨精神があり、伝統を大事にする気風が裏目に出ることもあって。昔は『京大・阪大・神大以外は大学じゃない』って先生がみんな言ってたとか、昔は府下一番の高校と骨肉の争いをしてたとか、回天の話とか。
 
もうええわ!とは思いつつも、やっぱりまだ高校生だから、自然と流されることも当然ある。
 
でも、今になって見てみると、そんな大人のやり方や言葉に流され、あの時に必死になって悩んでたこととか、心奪われてたこととか、心痛めてたこととか、だいたいのことが良い意味で凄くしょうもなくて。こう感じられることが”大人になった”ということか〜と。
 
当時は今よりも純粋だったということかもしれないけど、
 
 
あんなに嫌悪感のあった先生のことを今では愛らしく感じることもできる。
 
 
あんなに悩んでたことが、凄くどうでもいいことだったんだなって思える。
 
 
中高生で、学校で色んな悩みある人も、5年経って10年経ってってなったら、色んなことの見え方が変わるよ。心配せんでも皆大人になるから。
 
で、多分今の俺も同じことが言えて、今抱えてる悩みとか、腹立つこととか、多分時間たったらどうでも良いことになるし、逆にちょっと面白いことに見えるんじゃないかなぁと。そう思ったらすごい気が楽になる。
 
今ある大きな障壁も、時間たったらなんでもない石ころに見えるって思えたら、色々我慢をできたり、許せたりできそうな気がする。
 
 
 
できそうな気がするねんけど!
 
 
今新幹線で前の席に座ってるおっさん二人。仕事の話とはいえ、うるさいこの二人を俺は許すことができるのかなぁ。と思ったら、やっぱり一言いうか、一睨みでもしないと気が済まないタチなので…
 
 
 
今までの話全部無しでお願いします。
 
 
 
 
以上、パクシンでした。

新年に想うこと

新年あけましておめでとうございます。
 
今年の年初は目標を掲げることは致しません。だって。だってだって
 
 
 
 
 
 
 
 
忘れるもん
 
 
 
 
 
自分なりに日々頑張ってたらそれで良いんちゃうかな思ってます。今年も相変わらず自分に甘い俺ですが、皆様どうかよろしくお願い致します。
 
 
そうそう。12月にやったパクシンの部屋TOKYO vol.7でゲストに出てくれた大野さんの事。当日の模様も含めてブログにあげようと思って書いたんだけど、恐ろしく長くて、もっと纏めないとなと思ってたら年が明けちゃった…
 
伝えたいことや言いたいことがいっぱいあるのに、筆不精ってのは自分にとって良くないですね。ってことで今日は自分の想いをちょっと真面目に綴ろうかな。
 
 
来週からカルメラでツアーが始まります。
 
2年振りに本腰を入れて全国を周るんですが、毎回どんなドラマが産まれるのか、本当に楽しみで。
 
僕たちは大阪出身東京在住ということで、活動もこの二大拠点が中心。もちろん他の都市にもよく足を運びますし、こうやって全国ツアーも組みます。
 
でもそれは『やりたい!』と言ったからといって出来るようなことではないんですね。
 
ここで大きな力になるのは、その土地の方で協力してくれる人たちです。俗に”イベンター”と言われますけど、個人の趣味の延長でやっている方から、会社やチームとしてやってくれる方々まで、その様相は様々。
 
そういう方々が色んな協力をしてくれて、僕たちはステージに立つ事ができます。
 
場所を探し、ハコを抑え、告知をし、人を集め、当日は奔走し、ギャラを工面する。
 
もちろん他にもいろいろと仕事はありますけど、これだけ見ても大変。僕たちもおんぶにだっこという訳ではないですけど、遠く離れ、地域のコミュニティとの繋がりが薄い土地では、こういった人たちの力が大きな支えになっています。
 
お客さんから『どこどこにも来て欲しい!』という言葉は凄く嬉しくて、僕たちも出来るだけたくさんの土地に行きたいと思っています。でも、これは僕たちの”仕事"でもあるので、色んなことを考えます。そもそも、採算がとれるのかどうか。どれぐらい集客できるのか。もちろん、全部が全部お金じゃないとは思っているので、色んな要素を考えて見通しを立てます。その上で、まだ行けていない土地がたくさんあります。
 
今頻繁に行っている土地も昔はそうでした。数年前ならこんなツアーは組めなかった。
 
そんな僕らの事を、音楽を、拾ってくれるアンテナを持った人たちがいた。そして、その人が『自分の街に呼びたい』と言ってくれ、その街ではファンも少なく何の繋がりもない僕たちが、公演できるように、色んなお手伝いをしてくれた。そして、回を重ねるごとに段々と根付いていく。
 
 
そんな力を貸してくれる人は、単に”イベンター”と言われる人に限らず、ライブハウスであったり、地元のミュージシャンであったり、様々です。
 
今までを振り返ると…
 
 
って色んな土地のお世話になってる人の名前を挙げようと思ったけど、そんな人たちが居すぎて長くなりすぎるので、今回は置いておきます。でも、それぐらい色んな人にお世話になって、力を貸してもらって、全国色んな場所でライブをできているんだなぁと。
 
もちろん、来てくれるお客さんも大きな存在で、本当に有難いです。
 
 
そして、地元のアーティスト。
 
共演することによって、イベントを楽しくする事に力を貸してくれて、集客に協力してくれます。
 
ツアーで地元アーティストとの対バンってよくある形だと思うんですけど、これってその人たちの度量が大きいから成り立ってることで。
 
めちゃくちゃ有り体に言うと
 
『そっちでライブしたいんだけど、うちはお客さんほとんど呼べないと思うんだよね。一緒にやってくれない?』
 
ってお願いだと思うんですよ。そのアーティストに頼って、お客さんを呼んでもらうって形。それを受け入れるどころか、ツアーバンドで経費もかかるからと言って、ギャラを融通きいてくれたりする人もいます。
 
地元が盛り上がるから!
 
と、凄くかっこいい事を言ってくれたりする。
 
 
ここで紹介すると、福岡のボギーさんはまさしくそんな人です。
 
僕たちが毎年出てる、SUNSET LIVEというフェスにある”夕凪ステージ”を毎年作ってるのがボギーさん。有名なアーティストが沢山出る大型フェスで、この夕凪ステージに地元アーティストを積極的にブッキングしています。そこに、繋がりのある県外のアーティストもブッキングしていて、去年はシカキムも出してもらいました。去年出演してゆっくり話したとき『ちゃんと地元アーティストにもチャンスを作ってあげたいし、地元を盛り上げたい。』そんなことを熱く語ってくれました。
 
ボギーさんは、シカキムが福岡でライブをしたときも共演してくれましたし、カルメラのライブでも共演しました。
 
僕たちだけじゃなく、県外からくる色んなアーティストと共演し、その人たちと積極的に繋がって地元アーティストと結びつけ、独自で色んなイベントを打っています。
 
 
自分が売れるため、お金を稼ぐため、自分が他の土地に呼んでもらうため
 
やっぱり自分本位に考えてしまうようなところを、そうじゃなくて、皆のため、地元の盛り上がりのためとしてやっているその姿は、単純に凄いなと思うし尊敬します。
 
簡単なように思えるかもしれないけど、なかなか出来ることじゃない。
 
 
明後日、下北沢cafe/fieldで『パクシンの部屋TOKYO vol.8』に出演してもらいますけど、そんなボギーさんのやっていることを少しでも自分ができれば。もらったものを返せればという気持ちです。
 
繋がりができたミュージシャンや力を貸してくれたミュージシャン。そんな人たちに、微力ながら自分が力を貸してあげれる事があるとすれば、いつでもお手伝いさせて欲しい。
 
自分の裁量で、自分の力でやっている分『パクシンの部屋』は、そういう場所にもしていきたいと思っています。
 
ミュージシャンどうしなら出来ることも沢山あるけど、イベンターや、上に書いたお世話になっている人たちにはどうしたら良いのだろう。もちろん、何か困った事があって自分が何かできるならするけど、やっぱり…
 
ちゃんと有名になることじゃないかなぁと。
 
まだ全然無名だった時からイベントに呼んでくれたりライブを組んでくれた、その人の眼が凄かったんだと思って欲しい。
 
 
いつの日か武道館に立つ日、そのライブにはそういう人たちを招待したいと思ってます。
 
 
貯金せな…笑
 
 
今日スポットライトを当てた人たち以外にも、もちろんお世話になってる人は沢山いるし、何より足を運んで、時間とお金をさいてライブを見に来てくれる人たちがいてくれているからこそ僕たちは存在しています。
 
そのために、毎回最高を更新するライブをしないと。
 
 
武道館はまだ遠いけど、このツアーはそんな決意を持って、この数年での成長のお礼参りができたらと。絶対に楽しくなる。
 
 
皆さんに会えるの楽しみにしてます!
 
 
 
 
って最後告知で終わるんかーーーい!!!!!
 
 
そう思ったあなたへ。本当の最後は…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
告知です!!
 
 
『パクシンの部屋TOKYO vol.8』
@下北沢cafe/field 
 
ゲスト【ボギー】
 

f:id:pakshin:20160120144859j:image

 
OPEN 19:30/START 20:00
¥2500(1drink別)
 
ご予約は
pakshin.official@gmail.com
まで!
 
 
 来てね!
 
以上、パクシンでした!
 
 
 
 

あの時の高校の音楽室からTVのコマーシャルへ。〜「犬、逃げた。」という曲〜

 
先日、僕のバンド「カルメラ」の楽曲、「犬、逃げた。」がSONYの新型ハイレゾウォークマンのキャンペーンソングに抜擢されました。
 
現在、TVコマーシャルでも流れ始め、本日、12/2に再録音源もリリースされました。
 
 
まさかこの曲がここまでになるとは…!
 
 
この曲の作曲者は僕なのですが、この曲には、実は色々なエピソードと歴史があります。この機会に振り返ってみたいと思います。
 
僕がピアノを始めたのは4歳のとき。
 
そこから色々とあって、ピアノを習うのを辞めたりしつつも、細々と続けていました。小曽根真さんや松永貴志氏を育てた、関西のビッグバンド「アロージャズオーケストラ」の前リーダー、北野タダオ氏に習った時期もありましたが、それも遠い昔。
 
中高と陸上部に所属していたのですが、めっきりピアノを弾く機会が少なくなった高校生のときには、昼休みに音楽室にこもってピアノを弾いていました。
 
特にレッスンもなく、誰にしばられることもない、自分の好きな曲を好きなようにデタラメに弾く時間が心地よくて、昼休みの音楽室での時間は自分にとって特別なものでした。
 
当時すでにジャズという音楽に興味を持っていましたが、理論やアドリブのことなんてあまり分かってないながらも、ポロポロと色々弾いてはいました。独学と言えば聞こえは良いですが、”弾く"というより”遊ぶ”という言葉の方が当てはまっていた気がします。
 
その中で、なんとなく「自分で曲を作る」ということに興味を持ち始め、作曲の真似事のようなことをするようになりました。
 
もちろん、当時の自分は「作曲をしてる!」と思っていましたが、今考えてみると、すごく短いワンフレーズだけとか、曲として支離滅裂で体を成していないものが多く、それを譜面にも残さず、録音することもせず、指と頭で覚えるだけという感じです。よくいる軽音楽部の人や高校生のギター少年の方がよっぽどちゃんとしてたんじゃないかな。
 
それでもその中には、その後何年も温められたアイデアが沢山ありました。
 
その中の一つが、この「犬、逃げた。」です。
 
今の完成形とは程遠いものですが、サビのメロディーや頭の中にあった全体像はすでにこの時にできていました。ただ、それをしっかりと作り上げ、その上で表現する実力がまだなかったんです。
当時、同級生の同じくボーカルをやっている女の子とユニットを組んで文化祭に出たりもしましたが、当時はまだオリジナルをやるには至らず、カバーばかりやっていました。
 
そして、大学生になります。
 
大学生になった僕は、、体育会系から文化系へのジョブチェンジを希望し、中高やっていた陸上を続けることを選ばず、軽音楽部に入部しました。
 
軽音楽部では人生で初めて「バンド」というものを経験し、先輩たちに揉まれつつ色々なことを教えてもらいました。だいたいの軽音楽部もそうだと思うのですが、うちもコピーバンドがメインの部で、僕も様々なバンドやユニットをコピーして演奏していたのですが、そのうちにある感情が湧いてきます。
 
"自分のバンドを組んで、オリジナル曲を作り、学外でライブをしたい!"
 
軽音楽部内ではなく、外で活動することを「外バン」と言うんですが、高校生の時に一緒にやっていたボーカルの女の子や、今度一緒にライブをする松田礼央などをメンバーに引き込み、僕は念願の「外バン」を結成しました。
 
そのバンドでオリジナル曲をするべく、僕は初めてとなるバンドでの楽曲制作をします。
 
そこで生きてきたのが、あの高校生の時に音楽室でピアノを弾きながら作っていた様々な曲たち。
 
 
"あの当時まだ支離滅裂だった曲、アイデアを今の自分ならカタチにすることができる"
 
 
そう思って、自分のバンドでのサウンドを目指し、どんどんと曲にしていきました。その中に「犬、逃げた。」も当然入っています。
 
当時はそんなタイトルじゃなくて、今ではその時どんな名前だったのか思い出せないけど、自分のバンドにとって大切な曲の一つでした。そして
 
 
『これから、もっともっと曲を作ってどんどん活動して行くぞ!』
 
 
と思った矢先に、このバンドは解散してしまいます。もうこれは、音楽活動している人にとってはあるあるですね。綺麗に出鼻をくじかれた僕は、その後、再びバンドを作ることもせず、軽音楽部で活動したり、誰かのサポートで外でライブをしたりという細々とした活動をしていました。別に音楽で食べて行こうなんて微塵も思っていなかった当時の僕は、将来のために資格の勉強とか始めだしたぐらいです。
 
そんな中、ひょんな出会いときっかけから、あるバンドのメンバーにならないか?という誘いが来ます。
 
そう、それがカルメラでした。
 
初めてのスタジオでリーダーのゴウシくんに気に入ってもらい、加入を打診されましたが、ソイルやスカパラといったインストバンドにハマっていた自分にとっては、このバンドの編成に凄く興味があり、何より、出鼻をくじかれて出来ず終いだった「外バン」をやっぱりやってみたいという思い、そして、愉快なお兄さん達がいるこのバンドは何だか楽しそうだ!という理由で、カルメラのメンバーとして活動していくことを決めました。
 
そして、加入してはじめの方のスタジオでゴウシくんからこんなことを言われました。
 
 
『もし曲を作れるならどんどん作って欲しい』
 
 
待ってました。あるんです!僕、もう曲いっぱい作ってるんです!そして、その曲たちは報われずにいるんです!!
 
僕は
 
『何曲かあるので、もしできるならこのバンドでやりたいです』
 
と言って、その場でメンバーの皆に、自分の曲をピアノで弾いて聴いてもらいました。
 
それを聞いたゴウシくんを始めメンバーの皆はすごく気に入ってくれ、採用となり、カルメラとしてのアレンジ作業をして、晴れてカルメラのレギュラーセットリスト入りとなりました。
 
「あの夏のエーゲ」や「ホテルジャズ」などがその曲です。
 
 
あれあれ?「犬、逃げた。」がない?
 
 
そうなんです。もちろん、この曲もプレゼンはしたのですが、何と、当時のメンバーでこの曲を再現することはちょっと難しいとなり、一旦お蔵入りになったのです。
 
僕も深くは考えず、まぁこの曲はまたどこかでできれば良いかぐらいの感覚で終わっていました。
 
そこから少し時が経ち、カルメラのライブの中で『リズム隊だけで演奏するブロックを作ろう』という話が出ます。しかし何の曲をしようか…議論になるなかで、多分ゴウシくんが
 
『あの曲は?』
 
と言いました。そう、一度お蔵入りになった「犬、逃げた。」です。
 
ここでようやくこの曲が採用となり、リズム隊バージョンでのセットリスト入りを果たすことになりました。
 
当時は壮大なイントロというか、静かなブロックと今のアレンジのような激しいブロックの二段構えになっていたこの曲。尺も長く、タイトルは『Escape』でした。
 
時々沸き起こる
 
 
『この曲長ない?』
 
 
という疑問。
 
 
なんとなく皆がこの曲にしっくりいっていない中、カルメラが大きな変革期を迎えることになりました。
 
 
それは、メンバーチェンジ。それと共に、このバンドでしっかりと将来を見据えて勝負をしていく!という決断でした。
 
旧メンバーの脱退とともに加入してきたSax.つーじーやDr.いがっちょさんという新メンバーによって、カルメラのサウンドは生まれ変わりました。表現したかったものが実現できる体制。バンドにハッキリとビジョンができ、サウンドの核が固まりました。
 
そこからのカルメラは新体制のもと、現行の楽曲や新曲など、バシバシとアレンジを固めていきます。
 
そんな中、ゴウシくんが
 
 
『今のメンバーだったら、あの曲ホーンも入れてめっちゃカッコよくできるかも』
 
 
と言いました。リズム隊だけでは何だかしっくりいってなかったあの曲。始めにバンドで再現しようとしたけどできなかった曲。その当時は「Escape」というタイトルだった曲。
 
その曲に、僕たちは新しい命を吹き込むように、リアレンジを施しました。
 
どんどんとアイデアが出て、まるでこのカタチになることが前から決まっていたようにアレンジが固まっていったのを覚えています。
 
そして、遂に現行アレンジが完成!
 
ライブではたちまちキラーチューンとなり、カルメラの代名詞的な曲にもなり、レコーディングを経てカルメラの4thアルバム「千日前HIGH COLORS」に収録されました。
 
 
まさに感慨深いとはこのことです。
 
 
それが2012年のこと。
 
それで終わりだと思っていました。というか、次があるとは思っていなかった。
 
 
その後、僕たちはメジャーデビューや上京などを経験し、色々なご縁と繋がれました。そして4thアルバムのリリースから3年後の今年
 
SONYハイレゾウォークマンのキャンペーンソングとして起用されることが決まりました。
 
 
それに併せて、新バージョンの録音をし、配信することになったんですが、配信開始の本日、なんとこの曲が
 
iTunesジャズチャートの1位を飾っています!!
 

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何というか、言葉に表せないぐらい感激です。
 
あの日、高校生の自分が音楽室で思い浮かんだメロディー。当時はこうなることなんて思いもしなかった。何度も日の目を見ずに終わってしまう場面があったのに、まさかここまで来るなんて…
 
そんなことをCINRAさんも見てくれていたみたいです。
 
思い返せば色んなドラマがあって、色んな人の力があって、この曲はここまで来れました。
 
作曲者のクレジットは僕になっていますが、今のこの曲はカルメラメンバー全員で作った曲です。
 
 
色んな人に感謝してもしきれません。
 
 
 
そして、この曲がこれからさらに何をもたらしてくれるのか。ゾクゾクが止まりません。
 
 
みなさん、良かったらこの色んなドラマがある曲を一度聴いてみてください。
 
 
そして、もちろん、カルメラはこの曲だけではないです。自分で言うのは何ですが、良い曲がもっともっとあります。
 
これからもそんな曲を届けれるよう、頑張っていきます。
 
長くなりましたが、ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございました。これからもゾクゾクできるような曲をお届けしますのでよろしくお願いします!
 
以上、パクシンでした。