MEMOSHIN

カルメラのピアニスト、パクシンによる日々の出来事をパクシン目線で見たブログ

頑固者のマスターと俺

 
いつもよく行く喫茶店のマスターは絵に描いたような頑固者だ。
 
本当に頑固者かどうかは分からないけど、ものすごく頑固者っぽく見える。いつも寡黙で、コーヒーサイフォンを睨みつけるように見ながら、真剣にホットコーヒーを淹れているその様はまさに職人の姿そのもの。常にカウンターの中にいて、新聞を読んでいるかコーヒーを淹れるかだけど、よく見る同年代の常連の集団が来た時は一緒にテーブルを囲んで談笑している。それでも別に饒舌になる訳でもなく、相槌を打つくらいで、僕がまともに発するマスターの声を聞けるのは、たまに言う『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』ぐらいのものです。
 
今までに一度、マスターが積極的に話しているのを聞いたことあるけど、それはこのブログで書いた、イタズラなkissについて熱く語っている時ぐらいかもしれない。

 

pakshin.hatenablog.com

 

 
僕はこのお店に結構な頻度で通っているし、間違いなく常連の一人だと思っている。店にはマスターの奥さんであろうママもいてる。笑顔で接客してくれるそのママには『いつもありがとうございます』と言われる。それって常連やん。
 
そんなママとは正反対の雰囲気のマスターには、一度も常連と認める発言をされたことがない。
 
別に求めている訳ではないし、必要なことでもない。マスターが憮然としているからもう通わないって事はないし、これはこれで距離感が心地良い。
 
もしこれが大阪の喫茶店だったら…
 
『兄ちゃん今日も来たんか!』
 
から始まり、ゆっくりコーヒー飲んで落ち着きたい俺の心境をよそ目に、マシンガントークが繰り広げられるっていうパターンはよくあると思う。仕事何してんの?とか、彼女おるんか?ていう質問は序ノ口で、聞いてもない持病の話や家庭内の問題の話を聞かされ、果ては
 
 
『わしもう死ぬから』
 
 
と、若者が反応に困るシニアジョークランキング堂々の1位のこの言葉を聞かされる。
 
どこもそうって訳じゃないけど、大阪の喫茶店っていうシチュエーション考えるとこの会話のパターンはかなり予想がつく。
 
でもその空気感、実は嫌いじゃない。
 
いつも来てるこの喫茶店の距離感も心地良いけど、そういうフランクな感じも悪くない。行き過ぎは嫌やけど。でも、この店のマスターにそんな事を求めているわけではないです。ええねん。この距離感がええねん。もしかしたら、頑固者のマスターが『若いお前なんかうちの常連とは認めてないぞ』と思っているかもしれないけど、それでええねん。その少し張り詰めた緊張感もええねん。それを優しいママがカバーしてるから尚更それでええねん。それでええねん。それでえーえーえーええねん。
 
 
そんな事を考えながら、今日もいつものようにこの店に来ました。
 
 
いつもホットを頼むけど、今日は気分を変えてアイスコーヒーを注文した。考えてみたら今シーズン初めてのアイスコーヒーかも。そう思っていると、マスターが一言
 
 
 
 
『いつもブラックだけど、アイスコーヒーの時はシロップとミルクどうしますか?』
 
 
 
 
と聞いてきた。
 
 
 
 
!!!!
 
 
 
 
マ、マスター…!
 
 
何て憎い事を…こ、これがあれか…粋ってやつか!
 
 
この発言は、紛れもなくマスターが俺のことをちゃんと認識している上で、俺のいつもの注文まで分かってくれている発言。いつもは寡黙で会話なんてほとんどしたことないけど、注文のタイミングでそれとなくこういう発言をしてくれる、そういう所にグッと来た。別にドヤ顔でもなけりゃ、笑顔でもない、いつもの憮然とした顔と声。普段と何の変わりもない様子でそう聞くマスターに、僕も驚きとちょっと嬉しい感情を隠して、涼しげな表情で『ブラックでお願いします』と返事をしました。
 
運ばれて来たアイスコーヒーを飲みながら、心の中で
 
 
"うわ…にがっ!完全にこれシロップちょっとだけでも入れた方が良いタイプのやつや…"
 
 
と思いながらも、あのやりとりの後に『やっぱシロップ下さい』なんか言えるはずもないので、涼しげな表情で激苦アイスコーヒーを飲みました。
 
 
ええねん。
 
 
今日は滅多にないマスターのデレが出たし、気分が良いからええねん。
 
 
そう思いながら本を読み、自分の時間に浸っていたんですけど、何だか向こうのテーブルが騒がしい。おいおい、何やねん。ここ居酒屋ちゃうぞ…勘弁しろよ、この静かな喫茶店で…と思いながら、そのテーブルの方に目をやると
 
 
 
 
 
 
 
 
 
マスターめっちゃ喋ってるやん…
 
 
 
 
 
 
 
 
常連っぽい人たちに混ざってマスターめっちゃ喋ってるやん…
 
 
 
 
 
えぇ…俺のあの小さな喜びが極小のシャー芯のような出来事に感じるぐらい、マスターめっちゃ喋ってる…
 
 
 
 
めっちゃ笑ってる…
 
 
 
 
 
 
まぁ…多分、機嫌良かったんやな。
 
あのマスターがそれぐらい機嫌が良いってことは、今日の出来事はやっぱり凄く貴重な事には違い無いんだなと思うことにしました。
 
でも、もしこの先、マスターが好々爺になり、若者が反応に困るシニアジョークランキング堂々1位のあの言葉を浴びせてくるようなことがあるなら、その時は
 
 
『残りの人生、悔いのないように生きて下さいね』
 
 
ってクソ真面目に憮然とした表情で返したろうと思ってます。
 
 
 
何だか最近、東京に馴染めて来た気がする。以上、パクシンでした。