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MEMOSHIN

カルメラのピアニスト、パクシンによる日々の出来事をパクシン目線で見たブログ

禁止にされたハーフパンツ

『お前その話今かよ』的な話になっちゃいますけど
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日本ラグビー凄かったですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
五郎丸さんの活躍が凄かった。ルール分からんけど。凄いのは分かった。五郎丸ポーズ!
 
 
 
 
いや、今更なんは分かってるねん。でも、ふとした事から先ほど日本ラグビーの話題が目に入り、僕の脳裏をある記憶がかすめて行ったので、記憶を呼び戻して留めておくためにブログに残そうと思って。お暇な方はお付き合い下さい。今回は僕の高校時代の話です。
 
 
学生時代にいた風紀に厳しい先生。
 
 
先生あるあるをあげていくと、TOP3に入るであろう、どこの学校にも必ず一人はいる生活指導の厳しい先生。そんな先生がうちの高校にもいました。
 
蛭間先生という方で、とりあえず”ヒルマ”と読むんですけど、漢字は自信ないので予測変換任せです。
 
この蛭間先生、僕の学年を受け持ったことはなく、直接的に教科を指導された訳でもないんですが、ちょっとした名物先生でした。それはもちろん、やたらと風紀に厳しいから。
 
僕の高校には”校証”というバッチがあり、それを常日頃から衣服に身につけていないといけないという校則があったんですけど、そんなの高校生からしたら
 
 
『誰がそんなん守んねん。ほんで誰がいちいちそれ見てんねんバーカ。そもそもダサいねん。』
 
 
って感じなんですよね。でもね、見てるんですよね。
 
 
 
 
 
そう、蛭間先生は。
 
 
 
 
 
毎朝、校門に立っては登校する生徒をチェックし
 
 
『お前、校証はどうしたんや?』
 
 
と睨みを効かせて聞いてくるんですけど、僕は
 
 
 
『筆箱につけてます』
 
 
 
という訳のわかんない言い訳をしてた記憶があります。自分から張り切って校則破ってますアピールしにいってるアホな子…。しかし、アホかどうかはさて置き、何か言い訳できるならまだしも、そこでタジタジとしてしまう生徒はその場で校証を買わされます。
 
 
『校証買え!』
 
 
と、普段なら購買でしか売っていないはずの校証を、その蛭間先生は手に持ってる箱に沢山入れて、その場で持っていない生徒に買わせていました。何という購買との癒着関係。
 
 
でもその場で買っても、結局は教室に入った瞬間にみんな外してしまうので
 
 
『俺、校証持ってる数10個超えたわ〜』
 
 
なんていう猛者もちらほらいましたね。
 
 
そういえばうちの学校は私服だったんですけど、訳のわからない校則の一つとして
 
 
ハーフパンツ禁止
 
 
というのがありました。理由は”高校生らしくない”という凄く漠然としたもの。茶髪やピアス、携帯が禁止なのはまだ納得行きますけど、そこと同列にハーフパンツが並べられていたんですね。
 
 
 
茶髪、ピアス、携帯、ハーフパンツ禁止!!
 
 
 
ハーフパンツの場違い感よ。本来ならよされてもない存在。茶髪、ピアス、携帯というワルのグループに、『僕も混ぜてよ〜』と言いながらその三人にゴマをすり、金魚のフンのようにひっついているやつ。ワル三人組がそいつの事を陰で笑いながらも、まぁパシり役が一人できたと思って利用したら良いんじゃん?ぐらいに思われてるやつ、ハーフパンツ。そんな風にしか見えない。
 
まぁでも、そんなに自らハーフパンツを履いてくるような奴はいなかったんですけど、またもやその蛭間先生が『ハーフパンツ禁止!』と声に出して言ってた記憶はあるんですよね。
 
 
 
 
そもそも誰も履いてへんし。
 
 
 
 
てゆうか冬に言われても…
 
 
 
 
それぐらいの感じ。しかし当時、一つ上の先輩で、やたらと生徒会に立候補する人がいたんですけど、その人が公約として全校生徒に掲げていたのが
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ハーフパンツ禁止!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もうええわーいっ!
 
 
 
 
 
どこまでハーフパンツ引き合いに出すねん!
 
 
 
 
だから、そもそも誰も履いてへんし!
 
 
 
 
ほんでいま冬やし!!
 
 
 
 
 
 
って言うか…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
元から禁止や!!!!!
 
 
 
 
 
って訳でその先輩は毎回落選してました。お察しの通り、相当変わった方でしたね。話したことないけど元気にしてるかなぁ。
 
 
話は少しそれましたけど、そんな色々とある校則や風紀に厳しかったのが蛭間先生でした。
 
 
基本的に生徒の自主性を重んじる学校でな上に、他の先生方が割とゆるかったのもあり、蛭間先生のキャラは際立ってたんですね。
 
やたらと怒る先生。しかもその怒り方が、何となく奥底に愛を感じられないというか、上手く伝えられないけど、ずっと憤怒の表情なんですよね。他の先生の”怒る”とは何かちょっと違う。僕はそんな風に捉えてました。
 
学年が変わり、全校集会での担任発表の時、蛭間先生が一つ上の学年を担当するとなっただけで先輩たちはざわめき、ところどころで
 
 
『おい…』
 
『またか…』
 
 
という言葉が聞こえてきていました。そして、遂に蛭間先生が担任するクラスが発表された瞬間、あからさまに
 
 
 
えええええぇぇぇっっ!!!!!!
 
 
 
という声が上がり、そのクラスの先輩たちは悲壮感のある顔をしていました。
 
 
 
『ヤバいって!マジありえへんねんけどー!』
 
 
 
っていう女子の声がアリアリと脳内で再生できる。そんなんほんまに言ってたかどうかは分からんけど、このシチュエーションで、大阪の女子高生ならこれを一言一句違わず言ってる。自信あり過ぎる。
 
 
 
まぁ先輩達はご愁傷様だなぁと思いながら、部活の先輩で不幸なことに蛭間クラスになった人に、実際その先生がどんな人なのか興味本意で聞いてみると
 
 
 
 
 
自己紹介の時に放つ『夜でもヒルマです』という決まりジョークが滑り倒してる
 
 
 
 
 
という情報が得られるのみで、後はその先輩の表情でお察しという感じでした。
 
 
そこからも、蛭間先生による登校時の風紀チェックはたびたびあり、自転車登校をしてた僕は、チャリの後ろにつけるロッカク(地域によりロケット、ステップなど呼称がさまざま)を没収されたり、校証を買わされたり、校証を買わされたり、校証買わされたりしました。
 
ロッカクについては没収されるのは分かるけど、その後返してくれなかったので、直接言いに行ったんですよね。返して下さいよって。
 
もちろん一蹴されたけど
 
『親の金で買ったんやからこれは親のものであって、そもそもそっちに所有権があるのおかしい。』
 
的なことを言ったら、他の生徒たちから没収したロッカクがたくさん入った箱を出されて
 
『ほな持っていけよ!』
 
って言われたんですよね。いやいや、これやったら俺のがどれか分からんし、そもそも根本的に分かってねーなーと思いながら、適当なやつ選んで持って帰りました。
 
 
 
そんな蛭間先生にも転勤のときがやってきます。
 
 
学内では
 
『聞いた?ヒルマ転勤らしいで!』
 
『マジで?ヤッター!!』
 
というむごい会話が繰り広げられていましたけど、悲しいかな、これが先生がこの学校でやってきた事の結果なんでしょう。
 
 
 
そして全校集会において、蛭間先生が最後の挨拶をします。
 
 
 
その挨拶は冒頭から、何か違和感のようなものがありました。この挨拶は誰に向けられてるんだろうかという感じから、だんだんと右寄りな話になり、今の男子高校生に訴えかけるようなスピーチ。
 
回天という大戦で用いた人間魚雷(これはうちの高校の出身の人が開発した)の話も出てきて、だんだんと不穏な空気が流れる。
 
話を聞きながらも『おいおい、大丈夫か?』と思って周りをみると、みんなが同じような空気に包まれていました。
 
 
加熱していくスピーチ。脳裏をかすめる”三島由紀夫”というワード。あかんあかんあかーん!
 
まぁさすがに切腹は絶対ないにしても、結びにどんな言葉を放つのか。どんなメッセージを俺たちに残すのか。全校生徒が固唾を飲んで聴き入る中、蛭間先生が話を続けます。
 
 
 
『だから私が伝えたいのは、男子高校生は全員…』
 
 
 
 
うん
 
 
 
 
『男子高校生はね、みんな…』
 
 
 
 
 
うん。
 
 
 
 
 
『男子高校生は全員ね…』
 
 
 
 
 
うん!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『男子高校生は全員ラグビー部に入れ!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
( ゚д゚ )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まさか過ぎる!!!!!!!
 
 
 
 
 
いや、、俺もう陸上部やねんけど…
 
 
 
そして波乱のスピーチは無事に終了。結局、右寄りな話をした最後に『男子高校生はラグビーをしろ』というメッセージでまとめた内容。訳が分からなすぎて…
 
 
友達に『なぁ、蛭間先生ってラグビー部の顧問やったっけ?』と聞いてみると
 
 
『たぶん違うで』
 
 
と。
 
 
 
より一層訳わからんわ!!!
 
 
どういう立場やねん!お前何の人やねん!!
 
 
 
 
と、全校集会後、その場は騒然としていました。
 
 
……
 
……
 
 
 
っていう話をね、五郎丸さんをテレビで見た時に、そういえばラグビーといえばこんなことあったなぁと思い出しまして。
 
 
 
 
思い出した時に、こうやって改めて話を綴ってみて思うのは
 
 
 
 
 
蛭間先生めっちゃおもろい人
 
 
 
ってことかな。どの角度からみても面白い。
 
 
良い大人がムキになって、校証校証と言って生徒に目くじらをたて、仕事とはいえその度の越しっぷりに、たぶん周りの先生は『いやいや蛭間先生、もういいっすやーん』って思ってたんやろうなと勝手に想像すると、融通が利かず真面目なゆえにずっと怒ってるとことかおもろいし、冗談が全く通じないないくせに、『夜でもヒルマです』って自分では欲しがりに行ってるとこ、しかもそれがどう考えても滑ってるのに、え?なんで?なんでそれでいけると思ったん?この空気やで?ほんでそのキャラやで?ってとことか全くわからなかったんだろうなってとこも面白くて、もはや可愛いし、生徒に詭弁を使われただけでムキになって拗ねるとことか、マジで右寄りな話を上からしてくるけど、高校生にもなるとそんな人の話なんて真面目に聞く奴なんて少ないのに、それでも必死で。挙げ句の果てに、ラグビー部と何の関係もなかったにも関わらず、男子生徒に向かって『全員ラグビー部入れ』って。
 
 
 
めちゃくちゃオモロいやん。見ててこの人面白い要素豊富すぎる。
 
 
側にいたらイジリがいがある人。でも多分、真面目で堅いからイジったら激昂するんだろうなぁ…
 
 
めっちゃエッチな女の人に迫られたらどんな反応するんやろうなぁ。絶対面白いと思うねんなぁ。
 
 
 
 
 
で、この話、俺が何を言いたいかというとですね。
 
 
 
僕はこの蛭間先生のことを、当時は凄く怖い人、ややこしい人、近づいてはいけない人と捉えてたんですよ。多分、他にもそう思ってた生徒は多かったはず。その時代に先輩から聞いた挨拶のジョークの話も、転勤時のスピーチも、当時は嫌悪感というか、凄く嫌な気分になったもんで、常に怒っているけどどことなく愛情がなさそうな感じとか含め、すごく冷徹で危ない人間に見えてました。
 
考えてみたら蛭間先生だけじゃない。
 
凄く良い学校だったけど、反骨精神があり、伝統を大事にする気風が裏目に出ることもあって。昔は『京大・阪大・神大以外は大学じゃない』って先生がみんな言ってたとか、昔は府下一番の高校と骨肉の争いをしてたとか、回天の話とか。
 
もうええわ!とは思いつつも、やっぱりまだ高校生だから、自然と流されることも当然ある。
 
でも、今になって見てみると、そんな大人のやり方や言葉に流され、あの時に必死になって悩んでたこととか、心奪われてたこととか、心痛めてたこととか、だいたいのことが良い意味で凄くしょうもなくて。こう感じられることが”大人になった”ということか〜と。
 
当時は今よりも純粋だったということかもしれないけど、
 
 
あんなに嫌悪感のあった先生のことを今では愛らしく感じることもできる。
 
 
あんなに悩んでたことが、凄くどうでもいいことだったんだなって思える。
 
 
中高生で、学校で色んな悩みある人も、5年経って10年経ってってなったら、色んなことの見え方が変わるよ。心配せんでも皆大人になるから。
 
で、多分今の俺も同じことが言えて、今抱えてる悩みとか、腹立つこととか、多分時間たったらどうでも良いことになるし、逆にちょっと面白いことに見えるんじゃないかなぁと。そう思ったらすごい気が楽になる。
 
今ある大きな障壁も、時間たったらなんでもない石ころに見えるって思えたら、色々我慢をできたり、許せたりできそうな気がする。
 
 
 
できそうな気がするねんけど!
 
 
今新幹線で前の席に座ってるおっさん二人。仕事の話とはいえ、うるさいこの二人を俺は許すことができるのかなぁ。と思ったら、やっぱり一言いうか、一睨みでもしないと気が済まないタチなので…
 
 
 
今までの話全部無しでお願いします。
 
 
 
 
以上、パクシンでした。